埼玉県知事認定 農薬マスタ−


☆私は農薬の味方です。
私は農薬の味方です。私が農薬を販売しているから、こんな事を言っているのだと思われるかもしれませんが、昨今の農薬に対する世間の風当たりの強さ、状況に鑑み、農薬に携わる者の端くれのひとりとして、農薬を正しく理解してほしいと思い、ここに所見を述べさせていただきます。
☆「緑の革命」が人口爆発を支えた。
農薬は現在の農業技術体系のなかで、必要欠くべからざる資材のひとつなのです。第二次大戦後、「緑の革命」と呼ばれる農業技術の革新が行われ、穀物収量が平均4倍となりました。これはいくつかの方法が重なって可能となったものです。つまり機械化、種子の改良、化学肥料の投入、そして農薬の使用です。現在、世界の人口は爆発しています。1830年には地球上の人口は10億で、この10億になるまでに数万年かかりましたが、1830年の100年後の1930年には20億になり、100年で2倍となりました。さらに1960年には3倍の30億となり、現在では推定60億となっていると言われています。人口爆発は第二次世界大戦以後顕著となりましたが、こうした人口爆発の要因は種々考えられていて、医学の急速な進歩による死亡率の低下や衛生の発達などがあげられていますが、「緑の革命」が食糧面でそれを支えたのは事実だと思います。農業は戦後、急速に発達したのです。
☆昔は農薬がなかったが飢えていた。
今、多くの女性の関心事に「ダイエット」があると思いますが、こんな事は歴史上なかった事で、人類はついほんのちょっと前まで、常に飢えていたのです。日本でも1732年(享保17年)の西日本のウンカの激発による飢饉で、約96万人が餓死したといわれ、それ以外でも「天明の大飢饉」など多くの飢饉の記録があります。映画「ならやま節考」で描かれた、年老いた親を捨てたり、生まれたばかりの子供に濡れてぬぐいをかぶせ間引いたりすることは、よくやられていました。実際中央本線には「姨捨」という駅があります。江戸時代まで、日本の人口の80%は農民で、そのほとんどが米をつくっていたにもかかわらず、このような状態でした。その当時の米作りは、毎日毎日田の草取りをやっていたそうです。来る日も来る日も田の草取りです。今は田植え後1週間以内に除草剤を撒けばそれだけでOKなのです。「緑の革命」は増収とともに省力ももたらし、多くの人が農業から離れ、他の業種に携わることを可能にし、社会の発展に寄与しました。その中でも農薬は大きな役割を果たしているのです。「インディペンデンスデ−」という映画があり、宇宙人と戦う酔っ払いの飛行士がでてきますが、彼の本来の仕事は農薬の空中散布で、クライアントの農家のおじさんが飛行士の家に飛び込んできて、息子に「お前のおやじは、また畑を間違えた!これをみろ!」といって虫食いの作物を突き出すシ−ンがありました。今や農業は農薬なしには考えられないのです。
☆今の農薬は、初期のものとは違うもの
それでは農薬は安全なのでしょうか。という疑問は当然湧いてくるとおもいます。自然界に存在しない化合物を撒き、生態系や人類に危害をおよぼすのではないか、という不信感は広範囲に存在します。確かに初期の頃の農薬はその類のものもあったと思います。代表的なものにDDTがあります。有機塩素系の殺虫剤で、一度散布しておけば、長期間害虫から作物を守るので、「魔法の薬」として広範囲に使用されました。DDTを発明したミュラ−は、蚊を駆除しマラリアを激減させたとしてノ−ベル賞を受賞しましたが、DDTは非常に安定した化合物でいつまでも残留し、食物連鎖の頂点にたつ人類にいつか危害が及ぶとされ、1962年にレイチェル・カ−ソンという人が書いた「サイレントスプリング」は、大量の殺虫剤散布が野生生物に悪影響を及ぼすことを警告し、世界的なベストセラ−になりました。日本ではDDTは、1969年には稲作への使用禁止、1971年には全面的な販売停止となりました。現在使われている農薬はこの反省にたち、ヒトへの毒性、作物への残留性、環境への影響に配慮し開発されたものです。今登録され、使用可能な農薬は、使用されると分解して水や二酸化炭素などの単純な物質に変化し、無害となってしまうものばかりなのです。長い効果がないので、農家のみなさんは苦労していますが、やむを得ないことだと思っております。
☆食塩より急性毒性の少ない農薬もある。
農薬には急性毒性、慢性毒性があります。急性毒性とは一度に摂取したときの毒性で、一般にLD50という数値で、体重1Kg当たりで表し、ちなみに食塩のLD50は3,000mg/Kgです。これは食塩を体重1Kg当たり3,000mg一度に食べると50%の人が死ぬという数値で、体重50Kgの人であれば、150gということになります。150gの食塩を一度に食べると半分の人が死ぬと考えてもいいでしょう。現在使用されている農薬の中には、これを上回る10,000g/1Kgなんていう農薬もあるのです。ですが、多くの人が問題にしているのは、慢性毒性のほうだと思います。
☆厳しい安全基準
現在日本では、農薬は「農薬取締法」、「毒物及び劇物取締法」、「食品衛生法」、「環境基本法」、「水質汚濁防止法」、「消防法」、「ゴルフ場使用農薬に係る通達」などの法律によって規制されています。農薬に最も関係が深い法律は、「農薬取締法」です。これは農薬に登録の制度を設け、登録のないものは使用してはならないことを定めたものです。農薬には、殺虫剤、殺菌剤、除草剤、殺そ剤のほか、植物成長調整剤(成長促進剤、発芽抑制剤)なども含まれます。これらの農薬は、すべてこの法律の対象となっています。農薬を登録するには、安全基準を決めなければなりません。まず最初に毒性試験を行います。これはマウス、ラットなどの実験動物に、披検部質を混ぜた餌を与え、多くの披検動物にその濃度を変えながら実施し、その農薬を毎日一生摂取し続けても、その動物の体及びその子孫にも何の影響も無い濃度を割り出します。これを「最大無作用量」といいmg/kg/日で表します。「最大無作用量」から、実験動物と人間との感受性や個体差を考慮し、通常百分の一の安全係数を乗じた値を、人が毎日一生涯に渡って摂取することが許される量、とします。これを「一日摂取許容量」といいます。これは体重1kgあたりで計算されますので、日本ではこの数値に平均体重50kg(欧米では60kg)を乗じて人間1人当たりの摂取許容量としています。動物の百分の一の濃度、欧米より厳しい濃度しか認めていないのです。これでひとつの農薬に「一日摂取許容量」が決ります。通常農薬は、数種類の作物に登録されます。例えば、米、麦、リンゴ、キャベツ、イチゴ、茶に登録しようとします。厚生労働省が毎年行っている国民栄養調査をもとに、日本人が今、米、麦、リンゴ、キャベツ、イチゴ、茶をどれだけ食べているかがわかり、その量に応じて、「一日摂取許容量」に基づき、その農薬のそれぞれの作物の残留基準を定めます。登録しようとする全ての作物の総計が「一日摂取許容量」を上回らないようにするのです。それが、それぞれの作物の、その農薬の「残留基準」です。この「残留基準」は作物の収穫時の残留濃度で、米は収穫後精米し、水洗して食べられていますし、野菜は通常洗ってから調理され、リンゴは皮をむいて食べられています。かなり厳しい「残留基準」なのです。上にも書きましたが、今の農薬は、使用されると分解して水や二酸化炭素などの単純な物質に変化し、無害となってしまうものばかりですが、分解には時間がかかります。そこで実際に、農薬をそれぞれの作物に使用して、「残留基準」を下回るまでの日数を測ります。太陽光線によって分解されるものも多いのですが、曇りの日が長く続く場合もあるでしょう。また連続して使用することもあるでしょう。そいういことも充分に考慮して、余裕をもって収穫何日前まで、総使用回数何回まで、希釈倍数何倍まで使用可能というような「使用基準」が決められているのです。
☆農薬の種類が多くなる理由
農薬は害虫や病気から作物を守ったり、雑草を枯らしたりするために使用するものですが、効き目がなくては意味がありません。ところがやっかいなことに、同じ農薬を連続して使用すると効き目が弱まってしまうのです。これは害虫や菌、雑草のもつ遺伝子によるもので、どんな化学物質でもそれに強い遺伝子をもつ個体があるもので、同じ農薬を使用し続けると、その農薬に強い遺伝子をもつ個体の子孫が増えてしまうのです。また害虫を例にとっても、ダニ類、ウンカなどの半肢目、コナガなどの燐肢目ほか様々なものがいて、それぞれ性質がちがいます。ですから色々な系統の農薬が必要なのです。安全性が高く、効き目の強い農薬の開発には、莫大な資金と時間がかかり、農薬として登録するにも、莫大な試験費用がかかります。その費用はすべて農薬の対価として、農家のみなさんが負担しているのです。農家のみなさんは高い農薬代を払ってまでも、必要に迫られ農薬を使用しているのです。
☆マスコミが農薬を悪者にした。
上にも書きましたが農薬は、現在の農業技術体系のなかで必要欠くべからざる資材のひとつで、人口爆発を食料面で支えているものの重要な要素です。農薬が人類の糊口を支えている、と言っても決して過言ではないでしょう。ですが、なぜこれほどまでに農薬が悪く言われているのでしょうか。それはマスコミの影響が大きいと思っています。農薬はマスコミに、殆どお金を払っていません。払う必要がないからです。テレビコマ−シャルに農薬を流す必要はないでしょう。ですからマスコミは安心して農薬の攻撃ができるのです。DDTのところでも書きましたが、いまだに「サイレントスプリング」の認識しかない、または認識しようとしていないマスコミの姿勢があると思います。自動車は今でも日本人を毎年7,000〜8,000人程度、事故で殺しています。河川の水質汚濁の主要な原因は中性洗剤であると言われています。農薬が原因で死亡する人は、残念ながら年間100人程度いるそうですが、この殆ど全てが自殺です。農薬がなくなったらこの100人が助かったかどうか、議論の分かれるところだと思います。自動車メ−カ−や、中性洗剤メ−カ−はマスコミに莫大なコマ−シャル料を支払っています。自動車や中性洗剤の害が、それほどまでに悪く言われていないのは、そのためだと思います。農薬も自動車や中性洗剤と同じように、人類にとって必要なものだと思うのですが、必要以上に悪く言われすぎている、と思う次第なのです。行き過ぎをチェックするというマスコミの機能は、理解しているつもりですが、それにしても酷過ぎるのではないでしょうか。電子蚊取りのコマ−シャルが面白おかしく、よく流れていますが、あの殆どの成分が「合成ピレスロイド」の一種で、農薬でもアイテムのひとつなのです。「無農薬、無農薬」と騒いでいる人が、平気で家庭内に農薬を撒いていると同じ行為をしているのです。電子蚊取りが悪いと言っているのではありません。電子蚊取りと同じように農薬も安全で、有効なものだと言いたいのです。
という訳で、長々書きましたが、私は農薬の味方なのです。
☆特別寄稿
「私は農薬の味方です」